鳴門・徳島出張

約2カ月ぶりとなる徳島出張に行ってきました。
今回は徳島でも鳴門がメインでした。

この日は朝から大雨で九州南部と四国南部に線状降水帯が発令されるなど、早朝は大雨でした。

しかし、大手損害保険会社の方と待ち合わせたのは、鳴門を過ぎた松茂町にあるバスターミナルで合流しました。

そして午前中に鳴門市にあるタクシー会社の社長とお会いする前に時間が余ったので、四国で一番お客さんが多いと云われている道の駅、「くるくるなると」に連れて行ってくれました。

まだできて2年程ですが、徳島名物であるサツマイモ「鳴門金時」を輪切りにしたオブジェがありました。

そして入り口にはUFOキャッチャーがあり、中を見るとお魚の景品でした。

ぬいぐるみなどのUFOキャッチャーは見たことがありますが、変わった景品で一種類のUFOキャッチャーを見たのが初めてだったので、写真を撮ってしまいました。

別の入り口には鳴門金時のサツマイモのUFOキャッチャーが…。

結局「くるくるなると」には15分ほど滞在しましたが、まだ時間が余っていたので、次に案内してくれたのは「四国八十八ケ所霊場」の第一番の霊山寺でした。

中には池があり、大きな鯉が何匹も優雅に泳いでいて、近づくと餌を貰えると思ってか警戒心なく近くまで寄って来たのが印象的でした。

ここでは30分ほど時間を潰してまだ時間が余っていたので、次に案内してくれたのは窯元である森陶器さんでした。

入り口から歴史を感じる森陶器さんでしたが、国登録有形文化財 登窯だそうですが、中に入って商品を見ているとお店の方が新設に色々教えてくださいました。

お店の奥にはおばあちゃんがいて、大谷焼の起源などを詳しく説明してくれました。

茶碗や湯呑などの焼き物はイメージできるのですが、駐車場内や工場にはかなり大きな壺が何個もおいていたので、こんな大きな壺はお寺さんなどが購入するのですか?
質問すると、昔は薬品会社が購入していたそうです。
金属などに薬品を入れると化学反応が起きたり、穴が空いたりしますが、陶器はそのようなことが無いために、大きな壺が売れていたそうです。

また森陶器さんは安永9年(1780年)今から240年以上前に創業し、40年ほど前までは壺を薪で焼いていたが、排気ガス規制によってガス化に変わった話や、お店の奥にある登窯の中で水琴窟の音色が聴けると教えてくださり、行ってみました。

奥にある壺に水滴が数秒ごとにポトポトと落ちて、壺の中で共鳴する音が神秘的で歴史を感じました。

ここでも30分ほど時間を潰して鳴門にあるタクシー会社の社長にお会いして「クルマの運転通信教育」を説明して動画視聴してもらうと、社長は自分自身は運転ができるが、運転が苦手な人に感覚でしか教えることができなかったことや、このように動画で車の運転を教えれることに感動してくださり、四国全般での営業を引き受けてくださることになりました。

時計を見ると、予定時刻を大幅に超えており、次は鳴門から徳島の南部にある自動車ディーラー本社での商談時間が迫っており、急いで出て何とか遅めの昼食(ラーメン)を食べて向かい、ディーラーでの集客事業についてご説明をしてきました。

そして自動車ディーラーを出た後は鳴門市役所です。

建て替えのため、まだ工事中でしたが市役所の中は木をメインにした広々とした空間で総務部の地域交通の担当者とお話をしてきました。

全国的に人口が急速に減少していますが、先日発表された人口統計では鳴門市も将来的に人口減少によって消滅する可能性が高いと発表されたこともあり、ライドシェアなど生活の足となる問題について危機感を募らせているとのことでした。

今回の徳島出張はとても内容の濃い出張でした。

また徳島で何かいい発表ができれることを願っています。

ハードな東京出張

先月に続き、今月も東京出張に行ってきました。

今回は始発の航空機で羽田国際空港に向かい、江東区の木場駅に向かいました。

東京証券所に上場している不動産関係の介護事業所です。

このビルの上層階に入居しており、会議室に通されると窓からは東京タワーやスカイツリーなどの景色が綺麗でした。

予定では1時間ほどのお時間でしたが話が盛り上がり、1時間30分近くになっていました。

この企業を後にし、今度は東京メトロ 木場駅から東京の中心部 港区の京橋まで向かいました。

昼食時間も無いまま、とあるビルの1階にあるカフェで出版関係者との待ち合わせでしたが、商談時間が伸びたり、電車の乗り継ぎが悪かったことあり、待ち合わせ時間に少し遅れてしまいました。

出版について15分程度お話をした後。13:30に東京証券取引所のスタンダード市場に上場している会社の創業者である会長とお会いしてきました。

大きな会長室に通されると常務取締役も同席してくださり、30分程度のプレゼン後に会長から常務に指示されてくれました。

やはり苦労して苦労して一代で年商500億を超える企業にされた経営者だけあり、決断が早かったのが印象的でした。

商談が終わり、今度は東京都内から神奈川県の武蔵小杉駅に向かいました。

東京都内からアクセス良好の武蔵小杉駅に着くと、駅前はタワーマンションばかりで所得の高い方々が住んでいる街という印象でした。

この駅に向かったのは、トラックのバックアイカメラを普及させた元三菱自動車のラリードライバーでもある、日本ヴューテックの松波社長とお会いするためでした。

武蔵小杉駅に松波社長が運転する納車されたばかりの高級車でお迎えに来てくださり、2年前に新築した本社ビルに向かいました。

本社ビルの1階は全て駐車場になっており、駐車場にはナンバープレートが付いているラリー車両が止まっていました。

この車でレースをされていることがインターネット記事にも掲載されています。

日本ヴューテック本社の新社屋 最上階に大きな社長室があり、そこでレース活動の映像を観せて頂いたり、トラックのバックアイカメラを普及させるまでの苦労話を聞かせて頂きました。

トラックを安全に運転するためにトラックにはバックアイカメラが必要だと営業していたそうですが、運転のプロと自負をしているトラックにバックアイカメラなんてトラックドライバーをバカにしているのか!

という逆風の中、12年間も赤字であっても続けたことで、現在はトラックにバックアイカメラが標準装備されるまでなりました。

私も松波社長のように強い人間になりたいと思いました。

日本ヴューテックでは、新たな事業として電気バイク(前輪に2つのタイヤが付いている)を普及させるために頑張っておられ、地元の銀行が採用されたことを目をキラキラさせながらお話されていました。

私も20年以上ぶりにバイクを運転させてもらいました。

楽しい時間を過ごした後、今度は川崎から東京都内に戻ることになりました。

ここは先月も行きましたが、日本外国特派員協会です。

ここはテレビでよく会見が開かれている場所ですが、一般の人は入ることのできない場所で、今回の東京で同行してくださった先生と同伴でこの会場の奥にあるレストランで東京出張最後の仕事となる自動車関係の新聞記者の方とお会いして、一緒にお酒を飲みながら食事を共にし、羽田空港最終便の飛行機で帰るため、中座することになりました。

羽田空港に到着すると21時を過ぎており、通常であれば土産物など販売しているお店で明るいはずのターミナルビルがシャッター街のように暗く閉まっていました。

最終便のフライトで帰宅をしました。

この日は早朝から日付が変わる頃までとてもハードな一日でした。

エフエムびざんでオンエアされました

2024年4月12日に徳島市工芸村にあるFMラジオ局エフエムびざんにて和渕パーソナリティと対談した収録音声が2024年4月29日10:00からオンエアされました。

対談内容は「クルマの運転通信教育」

最初は初めて耳するビジネスのため、ピンときていないようでしたが「クルマの運転通信教育」が生まれた経緯を話すと納得して頂けました。

収録は「ぶっつけ本番」で原稿なし、和渕パーソナリティが質問する内容に対して回答するものでしたが、修正なしの「ぶっつけ本番」だったのでかなり緊張いたしました。

また今回はCMを入れて60分という長時間収録
実際は50分ほどでした。

久々の東京出張

過去のスケジュールを確認すると前回東京に行ったのは2019年6月15日だった。

ホテルの窓からは国立競技場が建設中で、神宮付近はホテルの建設ラッシュでタワークレーンがあちらこちらで見えていた。

そして2020年にコロナウイルス感染症によってパンデミックが起こり、東京オリンピックも1年延期となった。

もうあれから5年も経過していたが、東京の建設ラッシュは終わり完成した大きなビルばかりだった。

そして今回の出張は東京日比谷 皇居近くにある日本海外特派員協会に初めて向かい、一般社団法人企業価値協会2024年春季フォーラムに出席するためだった。

日本海外特派員協会は何度もテレビで放映されているのを観ていたので知っていたが、こんな場所にあったとは驚いた。

小池百合子 東京都知事が会見している後ろのマークを見たことがあると思います。

会場入り口には過去に大物政治家や芸能人などが会見した写真が飾れている。

日本海外特派員協会の入り口

実はこのフォーラムに参加したのは、今から14年も前、2010年5月に購入した書籍の著者から直接お誘い頂いたからだ。

もう奇跡としか言えないよな出会いであり、業界の第一人者といえる超有名なお方から「東京に来る?」と言われ、スケジュール帳見ずに即答で行きます! と答えたほどの方です。

フォーラムは17:00開始予定でしたが、15:00頃に到着して日本海外特派員協会の奥にあるメンバー専用の喫茶店で名刺交換をして、約2時間ほど私のビジネスについてお話を聞いてくださいました。

フォーラムは20:00過ぎに終わり、そこで懇親会となったのですが、名刺交換をしたら元掲載産業省の事務次官の方からフジテレビジョンの取締役など通常ではお会いできないような方々とお話をさせて頂く機会に恵まれました。

非常に内容が濃かった久々の東京出張となりました。

「エフエムびざん」で収録

午前中に大手損害保険会社の方からご紹介を頂いて某自動車ディーラーにプレゼンを行い、昼食までご馳走になった上にメディアまでご紹介を頂きました。

今回のメディアはラジオ局です。

ラジオ出演は今回が3回目となりますが、FMラジオは初めてでした。

収録した放送局は「エフエムびざん」さんで、徳島県徳島市を主な放送区域として超短波放送(FM放送)をする特定地上基幹放送事業者です。
愛称は「B-FM791」 徳島県唯一のコミュニティ放送局だそうです。

エフエムびざん」は、徳島市山城町東浜傍示という場所にあります。
私は高校時代を徳島市で過ごしたことがありましたが、住んでいた方角と逆方向(南側)だったこともあり、はじめて行った場所となります。

徳島市のシンボル「眉山」が駐車場から見えます。

ラジオ局の事務所で軽い放送内容の打ち合わせをしました。

これは外からも見えるガラス張りの公開放送中の写真となります。

そして今回、パーソナリティを務めて頂いたのは、田渕倫代さんでした。
驚いたのは、収録中はヘッドフォンを装着し、デスクに置かれたマイクに向かって対談したのですが、パーソナリティの田渕さんが喋り出すと、ヘッドフォンから聞こえる声に驚きました!

なんて透き通る綺麗な声なんだ!
これはお世辞ではなく、本当に今までの人生の中で一番綺麗な声だと思いました。
やっぱりプロですね。

そして対談内容は、「クルマの運転通信教育」のビジネスモデルについてでした。

完全非対面でクライアントと一切お会いすることなく、運転技術を向上させるという常識外れのビジネスモデルが生まれた経緯をお話しすると、途中にCMが流れている間にディレクターと和渕さんから、凄い面白い!と喜んで頂きました。

「エフエムびざん」はインターネットやアプリで全国から視聴することができます。

https://listenradio.jp

放送局エフエムびざん

番組名「B-STEP TALKING」

放送日:4月29日 月曜日(昭和の日)11:00-12:00

再放送日:5月6日 月曜日(こどもの日)22:00-23:00

徳島市の某自動車ディーラー

大手損害保険会社の方と徳島市にある某自動車ディーラーに行ってきました。

調査会社によると、自動車ディーラーの経営者にアンケートを取ったところ経営者の100%が今までの方法で集客ができなくなっており、若者のクルマ離れが加速している中、どうれすれば集客できるのか?

大きな悩みだそうです。

損害保険会社も少子化により、保険のマーケットは明らかな縮小傾向があり、本社からの営業成績は他社からの奪い合いで成り立っています。

そこで、損害保険会社の方が当社の「クルマの運転通信教育」を使って集客して、損害保険の増収に繋がれば「三方良し」のビジネスモデルになるとの取り組みになります。

そこで、某自動車ディーラーに対して今までに無い集客方法についてご提案させていただきました。

上層部の方が3名同席されていましたが、私が提案した集客方法は全国初の全く違う集客方法で、プレゼン後にはディーラーの方も納得されていました。

まだ決定事項ではありませんが、7月頃に開催できればいいと思っています。

シルバー新報に記事掲載されました

介護の業界紙であるシルバー新報に記事掲載されました。

シルバー新報の記者とは、今時ですがZoomでのオンライン取材となり、取材から2カ月ほど後になりましたが記事が掲載されました。

驚いたのは、介護事業所としては大手で、従業員数400名の事業所、保有台数数百台規模の事業所、そしてなんと売り上げ規模で100億円を超える大手の事業所など驚く規模の事業所から沢山お問い合わせをいただきました。

やはり介護事業所での車両接触事故は大きな悩みなのですね。

物流ニッポンに記事掲載されました

物流専門誌である物流ニッポンに記事掲載されました。

2024年1月25日に開催された一般社団法人こどもミュージアムプロジェクト協会の総会で特定非営利活動法人 運転事故防止推進協議会として安全運転教育の講師として呼ばれた時に物流ニッポンの記者とお会いする機会があり、取材して頂いたのですが、驚いたのは後日 大阪支局長がお越しになられて当社の動画を閲覧されると、今まで様々な企業に取材をしてきましたが、安全運転教育では事故が起こった後の研修は沢山知っていますが、事故を起こさない具体的な手法は生まれて初めて観ました。

このようにお褒めの言葉を頂きました。

神戸新聞に記事掲載されました

2023年10月某日に神戸新聞のベテラン記者に取材を受けました。

動画閲覧するだけで運転技術が変わる。

そんな眉唾ものは記事掲載することはできない。

お会いした時はこのようなイメージで乗り気ではありませんでした。

私自身も最初は車の運転技術を向上させるためには運転練習しなければ変わらない。
このように思い込んでいたので、当然だと思っています。

神戸新聞の記者に口頭で説明するよりも動画を閲覧して頂かないと理解できないと思います。
このように提案し、実際に動画を閲覧して頂きました。

当初は1時間程度の取材予定でしたが、気付くと3時間も経過していました。

神戸新聞の記者から、確かに動画閲覧したら、車の運転は練習しないと運転技術は変わらないと思っていましたが、動画を閲覧したら確かに、こんなに簡単な法則に基づいて車が動いてることを初めて知りました。

これは、職員が車の運転ミスによって修繕費に悩んでいる介護業界、そして大きな問題となっている物流業界の2024年問題など社会性がある。

対面当初は胡散臭い。
このようなイメージを持たれていたと思いますが、2023年12月6日の朝刊に記事掲載されました。
12月6日、この事業を開始したキッカケとなった父親の命日だったこともあり、記事を見た母親が父親に報告しながら涙していました。

また、その記事を見て問い合わせがあったのは、15年ほど前に1度だけ公認会計士の勉強会に参加されていた学校の校長先生からでした。

その先生から、15年前だけど動画で運転指導という生れてはじめて聞いた事業を営んでいたので、記事を見た瞬間に思い出したと言われました。